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東京高等裁判所 昭和28年(う)2413号 判決

控訴人 被告人 小林正光

弁護人 小泉英一

検察官 小西太郎

主文

原判決中被告人関係部分(但し無罪の部分を除く)を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中二百日を右本刑に算入する。

この裁判確定の日より四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中原審において証人久保秀雄、同小櫛松五郎、同小櫛紹、同田中千代子、同山田兼治、同宮川清、同櫛原与吉に各支給した分は原審相被告人三枝恒夫、同石井清、同村瀬照、一同石川慶一、同松井政利及び被告人の連帯負担とし、証人岩井三郎、同高塚泰光、同杉山末次に支給した分は被告人と原審相被告人三枝恒夫、同石井清との平等負担とし、当審において証人岩井三郎、同高塚泰光に各支給した分は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添付した弁護人小泉英一名義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

論旨第一点について。

昭和二十七年七月七日附の原審第二十回公判調書には、裁判官がかわつたので公判手続を更新した旨の記載が存するのみで、更新手続そのものがどのようにして行われたのか、殊に検察官の公訴事実の陳述や被告人及び弁護人の被告事件についての陳述の有無等についての記載がないことは所論のとおりである。しかし公判調書の記載を簡略化するために昭和二十六年十一月二十日最高裁判所規則第十五号を以て改正された刑事訴訟規則第四四条第一項第三一号によれば公判手続を更新したときにも特に(イ)被告事件について被告人及び弁護人が前と異る陳述をした場合、或は(ロ)取り調べない旨の決定をした書類及び物が存する場合を除いては単に公判手続を更新した旨記載すれば足りるものとしているのであり、前記公判調書も右刑事訴訟規則第四四条第一項第三一号(イ)(ロ)に掲げるような特記すべき事項が存しなかつたので単に裁判官がかわつたので公判手続を更新したとの簡略な表現をとつたわけなのである。もちろん公判調書の記載を簡略にすることを許しても公判廷において行われる手続自体を簡略にしてよいというわけでないから、公判手続を更新するには刑事訴訟規則第二一三条の二に定められているように先ず検察官をして起訴状その他起訴状訂正書等に基いて公訴事実の要旨を陳述させ、それが終つて被告人及び弁護人に対し被告事件について陳述する機会を与え、更に進んで証拠調を為しその取調を終つた各個の証拠について訴訟関係人の意見弁解を聴くなどの一連の訴訟手続が実際に行われなければならないし、この手続が実際に行われない以上適式に公判手続が更新されたとはいい得ないわけである。しかし公判廷においては検察官が列席するのはもとより、被告人弁護人も出頭していることでもあるから、もし公判手続の更新が適式に行われなかつたとしたら、必ずや訴訟関係人から異議の申立が為され、これによつて違法な訴訟手続も是正され得るものである。それ故に刑事訴訟規則第四四条は公判手続更新について裁判長を初め訴訟関係人の訴訟行為を一々克明に公判調書に記載する必要を認めず、もし違法な場合が生じても訴訟関係人の異議申立を以つて適式に手続が進行する担保とするに十分なものとして必要な最少限度の事項を以て公判調書に記載すべきことを命じたものに外ならないのであり、本件に於ても、前記公判調書の記載及びこれに関して何等の異議申立の形跡がないことから公判手続の更新がすべて適法に行われたものと推認し得るし、被告人及び弁護人の被告事件についての陳述が従前と較べて異同がなかつたので公判調書に記載されなかつたものというべきである。従つて公判調書の性質上審理更新手続の内容を一々記載しなければ無効との所論は失当であると共に、刑事訴訟規則第四四条は公判手続更新を公判調書の必要的記載事項としていること上記のとおりで刑事訴訟法に変更を加えているとは認められないのであるから本件公判調書の無効を主張する論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人の控訴趣意

第一点原審は訴訟手続に誤があつて判決に影響を及ぼすものである。

原審第二十回公判調書によれば「公判手続の更新、裁判官がかわつたので更新した」との記載がある、これによつて更新されたことは明かであるが、更新して如何なる手続に於て審理されたかは全然記載がない。刑訴第四八条第二項に依れば「審判に関する重要な事実を記載しなければならない」と規定さる。凡そ更新は手続を全然新らしくするというような意義であるから更新手続は最初より新たにせらるべきものなることはいうを俟たぬ。刑訴規則第四四条は更新したことを公判調書の記載事項として挙げて居ないが国民の代表意思によつて定めた法律を数名の意思によつて定める規則によつて変更したと解すれば勿論無効であると解しなければならぬ。従つて更新すれば如何なる審理が行はれたかを明記しなければ訴訟手続の適正を証明する唯一の文書たる公判調書の性質上無効である。

加之刑訴規則第二一三条の二によれば更新するには検察官に公訴事実の要旨を告げさせ被告人及弁護人に対し被告事件につき陳述する機会を与えなければならないとし(同条の一、二、)又訴訟規則第四四条一項九号には法第二九一条第二項の機会にした被告人及弁護人の被告事件についての陳述は公判調書に記載しなければならないことを規定して居る。故に刑訴法及刑訴規則を綜合して見るとその法意は更新手続に於ては少くとも公訴事実の要旨の告知及び被告人、弁護人の被告事件についての陳述は公判調書に記載されなければならないことはいうまでもない。

右記載をなさなかつた公判調書は無効であつてこれを基礎とした爾後に於ける公判手続は総て無効に帰するからこの訴訟手続の法令の違反は判決に影響を及ぼすべきものたること明かである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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